アメノオト

人形の福祉屋の日々

ぼっち旅の2013年

あけましておめでとうございます。

2012年は激動だったので、2013年は穏やかに行きたいと思います。

12月の末に、ようやく巣立ったので、2013年はのっけから孤独な旅をしています。

9月の巣立ちに失敗して墜落して以降、そのまま院試に突入してしまったのであり、非常に不安定な動きだった10~12月。

「もう、ここで出来ることなくなったから来なくて良いよ」的な感じで引導を渡されて帰って来たのが年末も押し迫った日のことで、うすうすそんな感じもしていたけれど。

肯定的に取れば、それなりの達成度があって、一区切りついたから自分で後はやってみていいよ、的なメッセージであるし、

否定的に取れば、厄介払いされたというか(文句ばっかり言ってるし)…。 僕が能力的に至らないのでここで出来ることは今のお前のレベルじゃ何もねーからどっか行け!ということでもあり、どっちとも取れるような感じ。

まあ、もー、どっちでもいいわ、どっちもあるんだろうし、という感じで納得したのである。

 

自分の場合の巣立ちとは、どうもきれいな感じでいかないみたい。

キレイな感じというのは、見送られる感じで準備万端出発するような。

自分の場合はどうも、ムリヤリ出て行くとか、家のモノ持てるだけ無断拝借して夜逃げ的な感じ。

でも、いつもそんな感じなので今回もそうだったのだな、と。

そんな訳で、SVもなくなり研究会も来なくて良いよと言われてしまったので、あの場所からはすっかり離れて、今はつながりがなくなってしまっている。

これからどこでどういうことをしていこう?ということを考えていくのが2013年の課題でもある。

ひとまず、今年やろうと思っていること。

1.仕事

これは今まで通り4ヶ所で。4月からもう一か所増えるので5ヶ所。 5ヶ所目はメール相談の仕事場なので研究していくには丁度良い場所です。 後は今まで通り。

2.お勉強

院生になったので、せっせとお勉強しないといけません。 4月入ってからだと絶対間に合わないのでもうやれるときにがんがんやってます。

3.研究

これもせっせと。学会とかもあちこち行こう。文献を集めよう。調査しよう。

 

これはリアルでのやることです。で、こっちのブログでは何やろうかなあと考えて。

1.読書記録

これは、今までもやってたけど、もっと頻度を上げられたらいいよなあと思っている。 後、心理系の本にフォーカスしていたけど、今度は福祉系の本も挙げて行こうと思っている。(そっちが専門だし) 福祉系の本を挙げている人は周りではあまり見かけないし、ニッチ的な役割が果たせればと思う。

2.対面相談、電話相談、メール相談の差異の話とか

この辺は上手く切りだせるところがあればどんどん書いていきたいなあと。

3.企画的なこと

どこにも行く場所がなくなってしまったので、いっそ自分で作ろうかなあとも思っている。 去年の夏頃そういう話がちらっとあったのだけど結局立ち消えになってしまっていたので、何とか実現できないかなと思っている。これは時間があればだけど。

 

という感じで行こうと思っています。 今年もよろしくおねがいします。

大学院入試の軌跡-Twitterと共に回想する

本日、無事に大学院に合格しました。ということでお久しぶりです。

4月から無事に社会人院生になれることになったようです。

受験勉強と体調不良でブログどころじゃなかったのでした。

ということでここ1年位の、院生になるところまでの軌跡を残しておこうと。

大学院受験しようという誰かの役に立つかもしれないし。

 

◆夢が現実になるまで(H23年)

大学院のこと意識したのはH23年の夏頃だった。 まだ、福祉屋になって3ヶ月ぐらいだったけど、それなり考える所はあったのだ。 でも、何をするのか具体的にはまだ決めてなかった。 何でも良かったとも言えるし、何にも決めてなかったとも言える。 Twitterの心理クラスタのMとかDの人達がとても楽しそうに話してるのを眺めてて、自分もあの中に入って話が出来たらなあと言う羨望の気持ちであった。

羨望していたのは実はこれである。

おっぱいの心理学(通称おぱ心)http://togetter.com/li/218004

 

自分にとっての記念すべき話はここ。これが自分にとって諸々の転機だった。

リネハンとBPDの当事者性あるいはその技法についてhttp://togetter.com/li/174479

 

で、研究会入ったりSV行ったりして時間が流れ11月。 思い切ってSVでその話を相談した。 「大学院で何したいの?」とザックリ訊かれて上手く答えられなかった。 そりゃあもう恥ずかしかったよね。自分の浅薄さみたいなものが明るみに出てしまった。 「…受けたかったら受けても良いけど、バージョンアップすると見えるものが変わるから今とやりたいことが絶対変わっちゃうよ」と言われた。 その時は何がどう変わるかわからなかったけれど、結局その年の受験は止めて、1年先に見送ることにした。

その間、基礎的な勉強をしようと思い、とりあえず統計と英語の勉強はせっせとやった。参考にしたのがこれ。

【思ひ出】統計学のお勉強【心理学編】http://togetter.com/li/161520

とりあえず、ここに挙がった本は全部読んで性に合う本を買ってさらに勉強した。

他にも勉強の参考にしたのがこのへん。

星の書き順と右利き・左利きhttp://togetter.com/li/146581

cocoroshさんによる考察:「星の書き順と右利き・左利き」http://togetter.com/li/147211

 

そのうち、電話相談が自分にとってはベースのフィールドなのだということが自覚されてきて、電話相談の職場が増えたりして、それで、電話相談の研究をしようと決めたのが3月。福祉屋になってから1年経っていた。そこからは早かった。

自分の研究者マインドが芽吹いた瞬間もTwitterをしていた。

インターネットのつぶやき相談の可能性~実験第1弾まとめhttp://togetter.com/li/248289

Twitter相談の可能性と相談メディアの差異http://togetter.com/li/247267

 

◆研究構想~研究計画(H24年~秋)

電話相談の文献はそんなに数が無かったので大体の文献は7月ぐらいまでに全部集まった。国会図書館行って調達してきたり、論文feedを作って集めまくった。

7月頃~研究計画を作り始める。卒論も書いたことなくて論文というものの構造が全くわからなかったので、とりあえずグーグル先生に教えてもらい、それ系の本も何冊か読む。 更に、知ってる限りの修士持ってる友人知人に頼んで(圧力を掛けて)修論と修論の研究計画を頂いてきた(強奪した)。で、ふむふむこうなってるのね、と学習して分析してみた。

で、自分でも書いてみた。でも良し悪しがさっぱり判らない。 仕方ないので、SVで先生に添削してもらった。「これは院試レベルじゃなくて中間発表レベルなのでやりすぎ。もっと素朴に」と謎の評価。それに沿ってとりあえずダウングレードした。(素朴なのが良いということであった) 結果、この方針は試験当日に間違いと判明するのだが、ここではそのようにまとまる。 そんなこんなで、研究計画が完成し願書を提出した。これが11月中旬。

 

◆学科対策(11月)

一応専門科目の試験があった。普段仕事していることだけど念のため。 試験まで15日ぐらいしかないのでそんなに時間も無い。 過去問をとりあえず分析する。 どうやら、社会福祉史と福祉法制とソーシャルワーク技術は鉄板らしい。それに絞る。 そういえばTwitterでどちらのトピックも自分のツイートがTogetterされていた。

自立支援法における計画相談給付とは?http://togetter.com/li/391616

近代精神保健のあゆみ簡略版http://togetter.com/li/397921

 

今年は丁度、障害者自立支援法の相談支援給付と、障害者虐待防止法が始まった年であり、来年は障害者総合支援法が施行される。それがわかれば、まあ大丈夫だ(これは普段仕事でやっているので全く問題ない)。 統計資料が必要かと思ったので、発売直後の『国民の福祉と介護の動向2012/2013』を端から読み暗記。ついでに国家試験用のテキストも調達しこれも端から読み暗記。 やったのはそれだけ。後は過去問を全部解いた。 過去問と自分で作った予想で合わせて20問ぐらい論述を解いておいた。

 

◆試験当日

前ノリしていてホテルを出たら大雪であった。体調がみるみる悪化。 会場に着いたら、皆頭良さそうで焦る。そこでも経験値が最もペラペラなのは僕だった。

 

学科は仕事で携わってる所がたまたま出題されたのであっさり終了。

多分、運用している中の人しか知らない事情の話も書いたので得点は高かったと思われる。

 

待機時間中、皆で勉強そっちのけで研究の話で盛り上がる。 皆、既にローデータをもっているらしい。ヤバい。 研究計画の話もしたところ、研究の細部と分析は書いていないとまずいとのこと。 (これは受験生のひとりが、直接大学に確認したらしい)

オイイイ!だから言ったじゃんかバカ!とSVrを一瞬呪ったが致し方ない。僕のせいである。そのまま面接になだれ込む。

 

面接官に「でんわそうだん?福祉なのに?」みたいな反応されて、うわーと思いつつ情熱的に喋る。結構壮大なことを喋ったと思う。50年後ぐらいの地域福祉の理想について話をしたと思う。なんだかんだで面接官と盛り上がった。そして研究デザインの話に。 一応、ダウングレードする前の調査方法と分析を口頭で語り取り繕う。 「君ィ、そんだけ詰めてるんだったらここにそれも書いておいてよ」 ハイソウデスネ、スミマセンゴメンナサイと平謝り。それで面接は終わり。

 

で、本日合格通知が届いた。ということで1年に渡る受験勉強はひとまず終了したのである。

こうして振り返ると、Twitterのおかげで色々と僕は賢くなったのであった。 ありがとうTwitterの皆。感謝の気持ちでいっぱいである。

巣立ちの話

田村先生のひきこもり支援の講演での話から抜粋。

◆◆

親鳥は、雛鳥を巣で育てて行く。 雛鳥は成長して、若鳥になる。

羽が生えそろえばもう、巣から飛び立って行ける。

でも、ちゃんと飛べるかわからない。

もしかしたら飛べなくて巣から落っこちちゃうかもしれない。

それが巣立ちを躊躇させる。

 

せっせと巣の中で大切に育て、無条件肯定を与えるのが母性。

「もう、ひとりで飛べるから大丈夫!」とひとりで進む勇気を与えるのが父性。

勿論、羽が生えそろってないのにGoサインを出してはダメだから、ちゃんと飛べるようになっているか見極めること、Goサインを出すタイミングをきちんと見極めることが大切。

日本社会では、母性性は根付いているけれど、父性性は弱い。

だから、子どもはいつまでも巣から離れられない。

「あなた…羽は生えてるの?ホントに大丈夫なの?」と訊いていては、いつまでたっても飛び立てない。

◆◆

そうだねえ。そうだなあ。としみじみした。

それを聴いて、僕は今日飛び立つことにしたんだよね。

ちゃんと飛べたから良かった。

 

支援者としてもそういう見極めをしてクライエントの巣立ちのために背中を押してあげられる力が必要だと思う。 ずっと関わってきた人に背中を押して貰えるのは、物凄い承認と愛とに満ちているはずだからだ。

『精神保健相談のすすめ方Q&A』

精神保健相談のすすめ方Q&A―PSW・カウンセラー・保健婦のための実践ガイド
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田辺 等
金剛出版
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数年前、まだ電話相談始めた頃、ぴちぴちの若葉マークだった頃の必携だった。

今はもう要らなくなってしまった本の内のひとつ。

当時は、これと、『社会福祉の手引(東京都から出てる福祉制度の全容が載った本)』を横において、電話が来て詰まったら、ぺらぺらぺらぺら…とめくっては答えての繰り返し。

まあ、実際は、そういうことしない方が良いんだけど。

「Yes,but…」の提案すると爆発するタイプの人にまで提案してしまうことになる。

 

精神保健福祉相談の場合は、ただ傾聴していれば良い訳でも無く、適切にリファー及び情報提供しないといけないという別の業務が含まれている。 そんな時にこういう本があると便利かもしれない。

自分が仕事している領域外のことは案外疎いモノである。

広く浅くオールラウンダー的要素が求められる電話相談は、せめて知識だけでも詰められるだけは詰めておいた方が良い。

これは、掛けてくる人のためもあるけれど、どちらかというと相談員自身のため。

どうしようもなく逼迫した電話を取ってしまった場合の解決の糸口は知識であることも多い。

知っていれば出口が見えるけど、知らなければどん詰まりしてしまう。

 

で、この本はQ&Aよろしく、事例形式。

しかも割とよく遭遇して回答につまりそうな事例ばかりが載っていて、大変役に立つ。 これ、そのままセリフ回ししてもいけるかもしれないというぐらい応答も書いてある。

ひとつの事例につき、アセスメント(基本姿勢)と具体的展開案が示されている。

例えば、この本の中にある例だと

「虐待の可能性のある生徒がいるが担任としてどうすれば?」

「不登校2年目の小学6年生。このままでいいの?」

「高校2年の息子が、何度も手を洗い、長時間入浴するのですが。これは異常ですか」

統合失調症ですが、結婚は出来ますか。子供は作れますか」

うつ病の夫が重荷なんですが」

「夫がギャンブル依存で借金があって、どうすればいいですか」

「自分はアダルトチルドレンです。21歳で保健福祉系の学生なんですけど」

「73歳の母親の行動は認知症のはじまりなんでしょうか」

…などなど。 あるある、な感じでなおかつ微妙に答えにくそうなタイプの。

こういう電話、実は他職種がそれとなく電話してくることがある。

教師とか、クリニックのカウンセラーとか、包括のケアマネとか。

オイ!と思うのだけど仕方ない。

 

こういう質問に対して答えを用意しておけると電話相談もこわくない…はず。

『中高生のためのメンタル系サバイバルガイド』

中高生のためのメンタル系サバイバルガイド
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日本評論社 (2012-07-28)
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一時期盛り上がってた時にちゃんと買っておいたんだけど、記事にするの遅れちゃった。

松本俊彦先生編、ということで思春期の子ども達に対し愛ある内容が詰まっている。

これを思春期の子が読んで理解できるかどうかはともかく(理解できる子は出来るだろう)、一応、そのようなコンセプトで書かれているので比較的わかりやすく書かれている。

ということは、この業種ではない人にもとてもわかりやすいということで、是非領域外の人に読んでほしい一冊ではなかろうか。

で、これは学校に置いておくととても効果的と思う。流石にクラスとかには置いておけないだろうから、こっそりひとりで読めるような場所にあると尚良い。 行政機関や相談機関とかにも置いてあると良いのかもしれない。

精神科の待合には無い方が良いな(精神科の待合には逆にそういう本は無い方が良い)。

内容はホントさまざまで、執筆陣も豪華だった。 カテゴリ分けされている。 「毎日のくらし」、「恋愛と性」、「くすり」、「やめられない、とまらない」、「いのち」、「わるいこと」、「親のこと」に分かれている。

ほぼ、思春期の子供が詰まりそうな、かつ人に訊けなそうなことが載っている。

性の話だとか、くすりや自傷などはあるあるな話だと思ったけど、興味深かったのは「親のこと」というカテゴリ。 親の暴力だけじゃなくて、親が精神疾患、親が依存症というそういうトピックもある。これは時代だなあと思った。親が精神疾患、っていうのはもうありふれているんだなあと。

でも仕事してたら確かにそうだと思う。殆どそう。延々サバイバルしないといけない子供が生み出されているんだなと思う。

 

個人的にお気に入りの記事は小林桜児先生の大麻についての記事。診察風景っぽく作ってあって割と凝ってるなあと。面白いなあと思いました。他の記事もとても面白いし総論的に当たるにはとても良いと思う。広範囲にカバーしないといけないような電話相談などにも向くのかも。

 

松本先生のありがたいお言葉を最後に引用 「たしかにすべての大人が信頼できるとは思わないが、三人に一人は信頼できる大人がいる」

これは、思春期の子供に限らなくて、一般的なクライエントにも言えることだと思う。 諦めずに三人にはあたってみよう、というそのあり方は大切だと思う。 (3人あたって外れた人でもまだ頑張ろう、と松本先生は言っている。10人中3人がアタリだから、3人がハズレならアタリは残り7人の中にいるから、当たりやすくなっている、と)

『解離の心理療法』

実践入門 解離の心理療法―初回面接からフォローアップまで
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話題だった解離の本。と言うことで買って読んでみた。

僕が解離のことを語るのは当事者性を帯びるのでイマイチで、良くはないんだけど、そのへんを踏まえて読んで頂きたい。

 

まず、この本とても読みにくい。当事者性を帯びていたら特に読みにくいと思う。

僕はあんまりスッと読めなかった。色々と感情が蠢いていた。

「えー、それ違うでしょ!?」「なんでそういう決めつけ方すんの?」と怒ってみたり、 「解離の人はこのような目でTh.から見られているのか…」とがっくり来たり。 「こういう表現だと初学者が勘違いするじゃないか!」とやっぱり怒ってみたり。

…とまあ、怒ったり悲しんだりしていた。

そういう意味で心の中を乱暴に掻き乱してくれる本ではある。

そういう本は貴重であって、掻き乱れるということは本質には近いということかもしれない。

この本での話を読んで僕なりの解釈を書いてみる。

解離とは精神病水準の不安を回避するための手段、ということなわけだよね。

「精神病水準の不安」とは何か。それは乳幼児期における解体不安である。

「解体不安」とは何か。それは「死の不安」。言葉を持たない乳幼児の感じる死の不安、ということである。これは、母親が育児でちょっとした失敗をした瞬間などに起きる、ということのようだけど、これは乳幼児じゃないからよくわからん。多分、泣いてもミルクが来ない、とか。瞬間、母親の姿が見えない、とかそういう時に起こるんだろう。

で、この「精神病水準の不安」は、誰にでもあるということなわけで、 その後、もう少し成長してから起きる外傷的な局面が、解離を起こしてくる、という話。

じゃあ、その外傷的な局面て何?ってことで、繰り返し出てくる、 「母親のネグレクト的環境下で起きる、性的虐待の体験」というフレーズ。

ネグレクト的環境=本来守ってくれるはずの母親が不在=外的環境に期待できない

性的虐待=こころとからだがばらばらになる体験=自分のコーピングスキルを超えたヤバい状況

で、このどうしようもない状況はその乳幼児期の精神病水準の不安を刺激して、もう大変!!という感じになって、それを処理するために解離というシステムが動きだすということの様子。

…とまあ、これはよくわかる。しかし、著者も「トリガーは性的虐待に限らない」とはちゃんと書いているんだけど、本全体の章の中の喩えが全部、性的虐待で構成されているので、ななめ読みすると「ああ、解離性障害の人って性的虐待された経験があるんだ」という直線的な理解しちゃう人が出てくるんじゃないかと思う。

紛らわしいのでそういう喩えはいちいちフレーズとして要らんだろう、というのが僕の意見。「精神病水準の不安」でイイじゃん!と。

 

僕はこうして、今はもう支援者になっていてそこそこ人並み以上に平穏に暮らしている訳なんだけど、それゆえに結構、他の支援者に不躾な質問をされる機会はある訳で、解離性障害ってことは性的虐待があったんですか?」みたいなどストレートなデリカシーに欠ける質問を受けることがある。

こういう質問をする支援者は正直、支援者を辞めた方が良いんじゃないかと思うけど、そこは黙ってニコニコ回答している。

そういうステレオタイプ的フレーズとはあちこちの専門書から吸収されてくるのだろうけど、つまりそういうふうな目でCl.のこと最初から見てる訳よね。そんな人に自分の心を開示する訳ねーよ!と思うんだよ。

Th.とCl.の出会いとはもっと真っ白から始まらないといけないと思う。(これはこの本にも書いてあった)

実践のプロセスについては、丁寧に書いてあるんだけど、ベースが精神分析なので他の技法を使ってる場合は、その技法のプロセスで考えて変換して行くという作業が必要。

それを踏まえて読むと、精神分析って独特だなあと思う。僕は精神分析を詳しく勉強している訳じゃないし、そのへんについてはよくわからない「ふーん、そうなんだ」ぐらい。ただ、精神分析、精神分析的心理療法と解離性障害の相性はあまり良くないんじゃないかと思う。その「精神病水準の不安」が増幅されるという点であまり良くないような気がする。解離システムにとってもあまり優しいとは言えない気がする。気がするだけだけど。

文脈として、解離システム皆でやっていく、という文脈ではないことはわかる。いつのまにか交代人格は居なくなっていくような感じで。 ナラティヴとかSFAとかCBTだとそのような文脈じゃないんだよね。 上手くやって来たことを伸ばして行く、上手く行かないことを工夫して行くという感じで、システムがどうかとかはそうは影響して来ない。 このへんは、解離システムを統合するのが良いのか、バラでもいいのかという話になり、もう拡大していくので割愛。ちなみに、僕はバラでも良いと思う。日常が回るならね。

ここでは「セラピストに求められるのは根性」という話もあって、それもまあそうかな、と思ったり、でも、精神分析的心理療法の実践で果たして根性が発揮されているのか、とか、この本のケースを見る限りでは思う。だって、状況があまり変わらないのに打ち切りしてる。それって根性足りないんじゃないの?とかふっと思ってしまう。

解離性障害の人に対するセラピーで大切なのは、「Holdingし続ける根性」だとは思うんだけど、精神分析ではHoldingの感じはないような。技法的なモノなのか、この本だけそうなのかわからないけど。 どうにもならない時、どうにもならない感を共有する、というのはどの技法でもどの職種でも求めらていることだなと思う。

交代人格の取り扱いの話。これもまあ色々色々思う所はあるけれど、僕はまあ…名前ぐらいは呼んでほしいと思うんです。そういうふうなことを書いてある本は殆ど見ませんけど(どの本にも交代人格を個別に取り扱わない方が良いと書いてある)。個別に扱わないのと、存在を認識しないのとはまた別物だけど、ごっちゃにしてるTh.は多いと思う。

名前呼ばれないことがどれだけきついかってことは、多くのTh.はよくわかっていない。目の前に居るのに常に存在を無視されているということであるよ。無視するくせに色々指示的にアレコレ言ってくるというのは全然関係として成り立たないんだけど、Th.はそれが当然と思っている節がある。

僕の言うことは多分物凄くマイノリティでもあるし、所詮は当事者の戯言ではある。しかし、もう少し深く考えて欲しいとも思うんだ。

 

という色々考えさせられた本ではある。 結構しんどいよね。僕が自分のことを開示した時(Twitterでは殆ど開示しているが)、同業者からどう見られるのか(見られているのか)ということがよくわかる本であった。

でも、基礎的なことは丁寧に書いてあるからとても参考になると思うよ!

この本の解離性障害の人に対するまなざしについては僕はちょっと気に入らないです。

そんな本でした。

SFAと電話相談の可能性

SFAの勉強に行ってきて、初めてしっかりその技法の哲学的な所を教わって来た。

SFAとは解決志向アプローチと訳され、対義語は、問題志向アプローチ。

通常の生活においては問題志向アプローチで思考することが多い。

「問題はとある原因から起きているので、その原因を除去して行こう」という考え方。

解決志向アプローチは、原因の除去ではなくその問題の解決方法を伸ばして行く考え方。 問題を抱えている中、たまに起こる「例外」(問題が起きない時、上手く行っている時)を抽出して、それを分析し、例外が起こる頻度を増やしていく。例外が日常になれば自然と問題が解決するというやり方。

 

これの利点は「会話が成り立つ場所ならば、どこでも出来る」という所。

面接室のようにかっちり構造化しなくても、日常のひとコマ(5分、10分)でも可能という所。

SFAの基本構造は質問で成り立っている。

その人のことはその人自身が専門家であり、支援者はインタビューの専門家としてあればよく、その人の力を引き出せばいいのだ、と。

 

問題が解決したら、今とどのように生活が変わるのか?どんなふうになるのか?

今の生活の中でその状況にちょっと近いかも…?って時はあるか?

それはどんな時か?

それはいつもとどう違っているのか?

…というふうに、問題の中にあるいつもと違う例外(よかったこと)を探して、それを増やしていくのが基本構造。

それがあると、普段とどう違うのか?何故そうなのか?というふうに訊いて行く。

どうやって、生き延びてきたのか?どうやって凌いできたのか?どうしてそれは可能だったのか?

ワークもやってみたけど、結構考えさせられた。

いつも自分は変化してないと思っていたけど結構変化してたからだ。

 

「変化しないことは通常の生活では有り得ない」

「変化しないことにクライエントは困って支援者の所に来る」

変化を促し、良き変化をふやしていく技法であり、その人のリソースに目を向ける技法。

 

これ、電話相談と結構相性が良いんじゃないのかな、と感じた。

電話相談では割と不毛なやり取りが展開する。

「何かアドバイスください」「どうしたらいいですか」と。

こういう問いが来た時に、「××してみては?」などと提案しても事態は悪化するばかり。 「そんなのもうやってます!」 「専門家なのにそんなことも言えないの!?」と怒りが飛んでくる。 (えー、訊いてきたのそっちじゃん…)とは思うんだけども、提案すると大体みんなこんな感じ。

 

そこで、「じゃあ、今までこういう時、あなたはどうやって凌いできたんですか?」と訊き返すと、あら、スラスラと武勇伝が語られるじゃないか。

「…ほうほう。それは上手いですね。、じゃあ、そのやり方、今回も使えるんじゃないんですか?」と返すと、大体それでキレイに電話が終わる。

皆、自分のやり方があるんだよね。それを見つけてフィードバックして強化してやれば良いのだ。

…というのが、電話相談の技法としてあったのだけど、これってまんまSFAじゃん!と言う話。 今日はそこがすっかりつながって、「ああ、この背景はこういう理屈だったんだ」と合点。 これをもう少し体系的にやれれば、構造が弱い(継続性がない)電話相談の枠内でも十分そのクライエントの力を引き出せるかもしれないなあと思ったのだ。もう少しブラッシュアップしていって、電話相談のスキルにどう組み合わせるかってのは色々考えると面白そう。

相談員の養成に関してもかなり短期間で底上げが可能な感じがする。心理と福祉の知識を大量に入れ込むのはかなり時間コストがかかるからだ。これだったら、相手の力を引き出すことが中心なので心理、福祉、医療、法律…と広範囲の知識が少ない相談員でもそれなり形に仕上がる可能性は高い。

そんな訳で、自分でもう少し勉強したら、電話相談の場で、試験的に導入してみようと思っている。幸いそういうことができるフィールドはいくつもあるし、これは楽しみだなあ、と今からワクワクしている。

 

(※勿論、電話相談のクライエントには結構捻じれている人も居るのでこれを使うとより逆上するタイプの人も存在する。「そうやっこっちから引き出そうなんて、お前は何も知らないんだろ?」みたいな批判に発展する場合もある。そのタイプの人はちなみに知識を展開しても怒るし、相手の力を引き出そうとしても怒るし、黙っても怒るし、怒ることがデフォルトの人だったりする。それはそういうコミュニケーションの方法なので普通に怒られつつ、糸口を見つけて行くことになる)